まずはお店の通り沿いを開け放って、淡島通りを進む神輿かつぎの人たち相手に、おでんと焼きそば、ビールを振舞うお手伝いです。
若い男性だけでなく、お年寄りや女性の方も一緒に神輿をかついで、かつがない人たちも食事を振舞ったり通りで応援したりして、その場がひとつになっているというのは、すごく面白い体験でした。
お神輿を担ぐなんて、小さい頃の「子ども会」のイベント以来だったので、すごく楽しかったです。
でも当日はものすごい豪雨だったため、びしょぬれになった体で最後にはコンタクトは外れるわビーチサンダルが壊れるわデジカメが水没するわで、違う意味ですごく興奮しました。
最後にもらった御菓子が妙にうれしかったです。
岡本太郎も、「祭りっていうのはエネルギーの爆発なんだから、人が死んで当たり前」というようなことを言っていたので、これで良いのです。お祭りですから。
翌日は三宿神社のお祭りで、こちらも「今まで隠れてたのか?」というくらい子供がたくさん来ていて、やさしい縁日の雰囲気が懐かしかったです。
自分たちが子供の頃と同じ御菓子や出店で、今の子供たちも遊んでいるのは、なんだか不思議な気がします。
かき氷シロップかけ放題のお店。200円。安い。
「あいつらシロップかけすぎだろー」と子供をバカにしつつ、結局自分たちもシロップかけまくりです。
イカ焼きやから揚げを食べながら、少し考えてみました。
地方から東京に出てきて単身で暮らしていると、地域のコミュニティに溶け込むことはなかなか難しかったりします。
地域コミュニティの基本単位はやはり家族であり、学校や公共施設などでの活動を通じて時間や空間を共有することで、コミュニティとしての結びつきを強めていくのだと思います。
以前、代官山に住んでいた時に、越後妻有トリエンナーレや代官山の都市計画に参加した北川フラムさんのお話を聞いた時がありました。
阪神大震災のとき、誰が指示したわけでもないのに、人々が自分たちをつなぎ、まとめる単位として、「学区」という児童とその家族を軸とした範囲を選択した、という興味深い事実があったそうです。
私たちは、日常生活の中で感じているよりも遥かに強く、身体的な空間としてのコミュニティに影響を受けているのかも知れません。
私たちは、日常生活の中で感じているよりも遥かに強く、身体的な空間としてのコミュニティに影響を受けているのかも知れません。
だからこそ、お祭りのような形で、地元の人たちと一緒に縁日を覗いたり、お神輿を担いだり、お酒を飲んだり食事を食べたりして、自分が地域コミュニティに属していると実感できる機会があるのは、すばらしいことだと思います。
私たちが食をテーマに掲げているのも、そのようにして、「人をつなげていく力」「一体感のある空間をつくりだす力」があるからなのかも知れません。
参考link:
越後妻有トリエンナーレ
私たちが食をテーマに掲げているのも、そのようにして、「人をつなげていく力」「一体感のある空間をつくりだす力」があるからなのかも知れません。
参考link:
越後妻有トリエンナーレ
0 件のコメント:
コメントを投稿